新刊『演劇の誕生』(講談社現代新書)

『演劇の誕生』(講談社現代新書)
平田オリザ 2026.10.24
誰でも

 長くメルマガの発行が滞ってしまい申し訳ありませんでした。

 これから、心を入れ替えて発行を続けます。

 まずは新刊のご案内です。

10月22日に『演劇の誕生』(講談社現代新書)を発刊しました。

演劇の通史ではなく、演劇から見た世界史、演劇が世界史にどう関与したかを考察した演劇のワールドヒストリーです。

 あまり演劇に興味のない方でも楽しんでいただけるかと存じます。

冒頭の部分を引用します。

いい子を演じるのに疲れた

 もう四十年以上、いったい「演じる」とはどういうことなのかについて考えてきた。ずっと、ずっと考えてきた。

 たとえば不登校の子どもたちを対象とした演劇ワークショップ。彼らとの付き合いの中で多く出てくるのが、

「いい子を演じるのに疲れた」

 という言葉だ。あるいは、

「本当の自分はこんなじゃない」

 といった声も聞く。

 たしかにフリースクールなどで自分の居場所を見つけ、学習意欲を取り戻したり生活習慣が整ったりというケースもよく見られる。だがしかし、ではその子どもたちは何かを演じなくなったのだろうか。あるいは「本当の自分」を見つけたのだろうか。

 日々の生活において私たち人間は、常に何らかの社会的な役割を担って生きている。私であれば、劇作家としての役割、大学の教員(いまは学長という重い役割)、行政との付き合いの場の役割。しかし家に帰れば夫、そして子どもがまだ小さいので父親という役割。さらには近くの神社の境内の掃除を分担するといった近所付き合いの役割もあれば、子どもが通う囲碁教室の保護者同士の付き合いの役割もある。

 私たちは、様々な役割を演じながら人生の時間をかろうじて前に進めている。もちろん、不登校の子どもたちと同じように、私も何かの役割が重いと感じたり、違和を覚えたりすることもあるが、それでもどうにか折り合いをつけて生活を営んでいる。

 であるならば、居場所を見つけた不登校の子どもたちは、自分に合った、あるいは折り合いのつく役割を得たということなのではあるまいか。そこでも実際は、彼らは何かを演じている。なぜならフリースクールであっても、その子どもたちは家庭でと同じように振る舞っているわけではないのだから。

父親役を演じるゴリラ

 霊長類学者の山極壽一氏の大きな発見の一つは、ボスゴリラは父親役を演じているというものだった。

 ゴリラも野生の動物だから、通常は一つの餌を取り合う。しかし、父親ゴリラには餌を家族に分け与えるという行為が観察されるそうだ。ただしこれは、ゴリラが父親になったとき(ゴリラは一夫多妻なので、父ゴリラ=ボスゴリラとなる)から始まる行為なのだという。すなわちそれは、ボスゴリラは父親役を演じているということだ。

 とは言え、そのボスゴリラも、妻への対応と子どもへの対応が違うということはない。若いオスゴリラからボスゴリラへの、演じる役割の切り替えはあっても、複数の役を演じ分けるという行為はみられない。

 ここにヒトの大きな特徴がある。私たちヒトだけが「演じ分ける」という行為を行い、そしてそれが可能であるために、複雑な社会の形成に成功した。あるいは逆に、ヒトだけが持つ複雑な社会構造が、この「演じ分ける」という能力を要求した。

 ヒトとそれ以外の獣を分かつ、もっとも根本的な能力は、この「自分の役割を演じ分ける力」と言っても過言ではない。

演じるヒト

 一九三八年、オランダの歴史学者ヨハン・ホイジンガは「ホモ・ルーデンス」という概念を提唱した。ホイジンガは、人間を単に「ホモ・サピエンス=考えるヒト」「ホモ・ファーベル=工作人、作るヒト」だけではなく、「遊ぶヒト」として捉えるべきだと考えた。ここで言う遊びとは次のような要素を持つ。

・自由意思で行う

・日常生活から切り離された特別な空間や時間を持つ

・ルールがある(ルールへの敬意)

・利益や実用性だけを目的としない

・人を熱中させる

 すなわちこれらの「遊び」をできることが、他の生物と違った人類の大きな特徴だというわけだ。本書では、ここからさらに先に進んで、人間の本質を「演じるヒト」あるいは「演じ分けるヒト」と定義したい。

「演じるヒト」なら「ホモ・ヒストリオ(演じる・俳優の意)」だろうが、「演じ分けるヒト」ならば「ホモ・ペルソーナンス」の方がふさわしいかもしれない。

 ペルソナとは、古典劇で用いられた「仮面」を語源としながら、一方person の語源となった人格という意味も含有する。心理学の世界では、周囲に適応するために個人が外側に身につける「社会的外面」を指すこともある。

 私たちは、様々な仮面を被って生きている。私たちは様々な仮面を被り、社会的な役割を担いながら暮らしている。

 人間は、「演じるヒト」「演じ分けるヒト」である。

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